BDcafe(ベーデーカフェ)

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2009.08.03 Monday ... - / -
#太陽高速 バル
JUGEMテーマ:Bande Dessinee


太陽高速
『太陽高速』(原題:AUTOROUTE DU SOLEIL)バル(BARU)翻訳:長谷川たかこ 1995年発光 講談社 モーニングKCDX

今回紹介するバルの『太陽高速』は、日本語で読めるBD(バンドデシネ)。
もともとは講談社のモーニングが海外の漫画、BD(バンドデシネ)を紹介する事に力をいれていた頃に連載、出版された、日本向けに書き下ろしされた作品です。
今でもヤフオクなどで時々出品されていて入手可能なので、日本語でBDを読みたいという方はぜひ探してみて下さい。

BARU;Barulea, Hervé は1947年生まれのフランス人。
もともとは心理学を教え、やがて30を過ぎてから、BD作家としてのキャリアをスタートさせた作家である。
発想の原点は、青年期の60年代にフランス各地を旅した経験である。
そこには独特の乾いたユーモアがある。
今回紹介する『太陽高速』は漫画スタイルのBDとして、フランスでも高く評価され、l'Alph-Art du Meilleur Album Original en Langue Française'(アルプーアート フランス語オリジナル最優秀アルバム賞)を1995年に受賞し、これによってバルの知名度が高まった。

ストーリーは、70年代、フランスでは製鉄所の経営が傾き、今日も一機破壊され閉鎖される事となった。
製鉄所の労働者達のほとんどは移民達で、このため外国人排斥運動を推進するフランス国民党のかっこうの餌食となり、地方ではあちこちで暴動が起き、アラブ人や皮膚の色の違う人種が暴行を受けていた。
主人公のカリム・ケマルはアラブ人の色男で、金持ちのマダムの相手をしては町でぶいぶい言わせている、50年代スタイル(ロカビリー?)をこよなく愛する、車馬鹿でもある。
相棒となる、アレクサンドル・バルビエはイタリア移民の子供で、鼻がでかく眼鏡をかけた、まぁ醜男。本人もそれがコンプレックスで、実は巨乳好きなのだが、いまだに軟派ひとつ出来ず、カリムに憧れている。
そんな二人が、最新式の町で一番大きな溶鉱炉が破壊された日に出会い、カリムがその日お相手したマダムが、外国人排斥運動を推奨するラウル・フォリシエという町の実力者の医者。
そのため、二人はフォリシエの狂気じみた人生をかけた執拗な追跡を受ける事となる。

メインは二人の逃亡劇なのだが、フォリシエがだんだん妻をアラブ人に寝取られたというダメージから精神が崩壊してゆき、ついには彼らを追いつめ苦しめる事が目的となり、幾度か二人を追いつめるたびに「今は殺さない。だが、いつか自分は殺されると怯えながら、その日まで生き続けろ」と逃してしまう。
そのあたりの追うものと追われるものの心理描写がかなり丁寧に描かれている。

もちろんユーモアもあり、最初の逃亡の時に、浮気をしていて車を盗まれてしまうルネ・ロワゾウとのエピソードは、後半への伏線でもあり、かなりいい味をだしている。
ルネとカリムとの関係も、車馬鹿という共通の趣味から、いつしか年の離れた友人のような関係へと発展するのだが…

一般的に、BDは読みづらい、感情移入がし辛いと言われていますが、これは展開の上手さと70年代のヌーヴェルバーグのような荒っぽさがあり、読み始めると一気にぐいぐいと先を読みたくなる面白さがあります。
登場人物、特にフェリシエが狂気に走って行く過程も面白いのですが、同時に、当時から今もまだ続く、外国人排斥を訴える過激な政党やセクトの存在。
そういう部分は、今読んでもまったく古さを感じず、私たちがフランスに大して漠然とイメージしている、移民を受け入れる国というイメージが、いかに表面的だったかという事を考えさせられます。

おまけとして、翻訳をなさっている長谷川たかこさんの主催しているブログFrench-codeがこちらです。
漫画家の長谷川町子さんの姪っ子さんなんですね。
2008.09.18 Thursday ... comments(0) / -
#大発作―てんかんをめぐる家族の物語
評価:
ダビッド・ベー
明石書店
¥ 3,990
(2007-08)
『大発作 てんかんをめぐる家族の物語』ダビッド・ベー
「L'Ascension du Haut Mal」David.B
やっと読み終わりました。

これは著者であり物語の主人公でもあるダビッド・B(ピエール・フランソワ;通称ファフー)の己という存在を守るため戦いの記録であり、自分と表裏一体の存在であったてんかん持ちの兄、ジャン-クリストフ(通称:ティト)の存在を認め理解し受け入れる為の長く険しい愛憎に満ちた物語である。(下にはもう一人妹がいる。)

物語は二人が兄が最初の発作を起こした1964年、ティト7歳 ファフー5歳の頃から30年後に久しぶりに再会し、兄の容姿の変貌ぶりに驚くシーンから始まり、そこからこの家族のてんかんの兄を中心にした長く辛く苦しい出口のないトンネルのような日々がファフーの視点で描かれている。

前半の2/3は、兄の発作を直すために家族が奔走する様子と、てんかんと遺伝とは関係ないとはいえ、家系図を遡り、父方、母方それぞれの2〜3代前までたどってゆくこの一族の歴史の話。
やがて子供達は大学に入る年頃になり、ファフーはパリにでて一人暮らしを始め、「ダビッド」と名乗り遠回りをしながらBD(フランスの漫画)作家として生活する道を模索することになる。
この後半の1/3あたりからは、兄の話からやっと著者本人の話が中心となり読みやすくなるとともに、ここにきてやっと気付く事があった。
著者はこの物語の中で、子供の頃から親に甘える事もなく、恋愛をする事もなく、日々「兄」を愛憎に満ちた眼差しで観察する事に終始しているのだ。
それはおそらく著者自身がこの物語を書くことで気付いた事なのだろうけれど、彼にとって「兄」の存在がこれまでの人生の全てといっても過言ではなく、おそらく三人兄弟の真ん中であり、父をのぞけば唯一兄を力尽くでも押さえられる男であり、自分が一番の「兄」の理解者であるという自負と自分が「兄」を直してあげるという強い思いで自分自身を自ら縛っていたのだという事を。
この「男もしくは父性」の認識というものは、自らが後に恋人との間に子供を作ろうと不妊治療に通い、様々な検査を受けたりするあたりで、肉体的にももろくも崩れ去り、そこでまた肉体の中に潜む「兄」の面影を見つけることにも成るのだけれど。

自分ばかりが孤独な戦いを続けてきたと思いこんでいたダビッドが、兄もてんかんの発作を起こしている間、精神が不在だった分けではなく、彼もまた孤独な日々を送っていたのだと理解するのは、冒頭の久方ぶりの再会をして相手の容姿の変貌にすら目を背けていた自分を受け入れてからで、そして最後は原題の「L'Ascension du Haut Mal(「てんかんの昇天」とでも訳せばいいのか?)」の通り、馬に乗り二人して空高く舞い上がる…それは誰にでも訪れる死への旅であり、自分を受け入れることで自由になれるという暗示でもあるように思えた。

たぶん「兄」はもうこの世にいないのではないだろうか?あるいはホスピスのようなところへ入所していて、遠く離れて暮らしているのではないだろうか?
最後の6巻だけ出版されるまでに3年の空白があったし。
そう思えるエピローグでした。

この原題の「L'Ascension du Haut Mal(「てんかんの昇天」)」はおそらくダブルミーニングの様な気がする。ascentionにはキリストの昇天の意味もあるが、上昇や登るという意味もあり(ポジティブに使われるみたいだけど)haut malにも古くは「てんかん」の意味もあったけれど、単に大いなる災いのような意味にも取れるだろう。
物語の前半はてんかんもしくは大いなる災いという山を登り頂上(終わり)を目指す(登山しながら「大発作はまだか?」なんてコマがありましたね)、最後は天に召されるという意味合いなのかな?という感じを受けました。

前半の永遠に続くかと思われる家族の戦いは、当時のフランス及びヨーロッパのカルト的信仰の一面を知ることが出来、興味深くはあるものの、イラストの情報量の多さとあわせるとなかなか読みづらかった。
これは決して万人受けする物語ではないけれど、BDとしてこういう作品が存在するという事は興味深い。これだけ人々が悩む話をBD(バンド・デシネ/フレンチ・コミックス/フランスの漫画)として描き上げたその意志を支えたものは、最後まで描き上げなければ自分も前へ進めないし「大発作」の山頂にたどり着けないという思いだったのではないだろうか
山は登ればあとは下るだけ。そして登山家はまた次の山を目指せるのだから。

私は基本的にプリミティヴな表現が苦手なので、この絵がちょっとダメでした。他のダビッド・Bの作品は大丈夫だったけれど、これに関しては辛かったです。
それでも作品の完成度としては素晴らしいと思いました。
JUGEMテーマ:Bande Dessinee


2007.08.26 Sunday ... comments(0) / trackbacks(1)
#『Soirs de Paris(パリの夜)』Avril & Petit-Roulet(アヴリル&プティ-ルレ)
soiredeparis
『Soirs de Paris(パリの夜)』Avril & Petit-Roulet(アヴリル&プティ-ルレ)
Les Humanoides Associes(レズュマノイド・アソシエ) 1989年

古本でやっと入手できたので紹介します。
Francois Avril(フランソワ・アヴリル)は、イラストレーターとして有名ですが、昔はBDも描いていたんですね。

パリのとある一夜の出来事が、4っつのエピソードから描かれています。
それぞれ登場人物も設定も異なり、各話のつながりはありません。
パリの通りに詳しければ、このタイトルの通りだけで、「ここはブルジョワが住んでる」とか「歌舞伎町みたいな所」とか分かって、もっと面白いのではないかと思います。

『26 Rue Fontaine(フォンテーヌ通り 26番地)』
主人公は客引きの青年に連れられて「LE MARTIAL(ル・マーシャル)」というクラブへ案内される。おそらくこのような店へ来たことはないのだろう。騒々しいバンドの演奏、マジック・ショー。二階の男性専用部屋でのストリップ・ショー…気がつけば深夜1時過ぎ。客引きの男は消え会計を頼むと目玉の飛び出るような金額が!
それから一週間後の週末、主人公が正装して出掛ける支度をしていると、客引きの男から再び電話が…

一人で週末をどう過ごすか?というのが大問題なんですね。

『63 Rue de la Grange aux Belles(グラン・オ・ベル通り 63番地)』
とある家のパーティーに呼ばれた男達。一人はガールハントに励むものの眼中にされず撃沈してばかり。
もう一人は、背の低いちょっとコケティッシュな女の子を紹介されるが全く好みではない上に、チークダンスを踊れば足を踏まれてばかり。頭に来てトイレに行けば、そこでも隣の部屋でも取り込み中のカップルばかり。

一方振られっぱなしの男の方は、家の主人にアーティスト達を紹介されるが、マティスの話には全く興味が持てない。一人酒を飲んでいると、もう一人の男が呼びに来て…

フランス人だからといって、皆がパーティーで上手くやれる訳ではなく、行き場のない人達が集まる所と言えば…あそこですね。こういうの、ヌーヴェルヴァーグの映画の1シーンでありそうですね。

『52 Avenue de la Motte Piquet(アヴェニュー・ドラ・モット・ピケ 52番地)』
4っつのエピソードの中ではもっともエロティックなエピソードでしょう。それでも下品にならないのは、アヴリルの絵柄だからだと思いますが。

あるカップルの週末の話。一通り愛し合った後、女は水を飲みにキッチンへ。その後ろ姿に思わず後ろから抱きしめるムードのない男に対し、女の方はちょっと不機嫌に。居間でレコードをかけ、ムードをつくってなんとか続きを試みるも、勢い余って女の足を痛めてしまい、またしてもおあずけ。彼女をお姫様だっこしてバスルームへ連れてゆき、ビデで足を冷やしながら再びトライ。今度は最後までと思いきや、またしてもバスタブで身体を打って断念。あきらめてベットへ戻ったものの男は悶々として眠れない。
そして日曜日の朝。男は寝不足のまま二人で買い物をし美術館へ行きレストランでディナー。こうして週末は過ぎてゆく。夜10時過ぎにはベットに入り、男がみた夢は…

男と女の生理の違いがコミカルに描かれていて、ベットシーンもなかなか上手く描かれていて勉強になりました。面白かったです。

『66 Avenue des-Champs-Elysees-(アヴェニュー・デ・シャンゼリゼ 66番地)』
独身同志の男女四人が週末を一緒に過ごす話。
いつもの仲間と待ち合わせて映画を観にゆく事になった主人公。ところが満席で入れない。それでは他の映画を観ようという事になったが、好みが合わず。それでは食事にでもと行ったレストランも満席で入れず、仕方なく入ったレストランは騒々しすぎて耐えられない。それではバスティーユのバーへ行こうと行ってみるも、ここも人が多すぎる。それなら家で飲もうという事になり、やっと落ち着いて過ごすことが。
やがてお開きになり主人公と友達の女性はタクシーを一緒にひろうが、そのまま彼女の家でもうちょっと飲もうという事になり彼女のアパートへ。
だが猫と一緒に住んでいる彼女にはなんとなく魅力を感じず…

これもありがちな週末の風景という感じで、最後に主人公がどうしたかという落ちが男ってこんなもんかやっぱりという感じでした。

と、こうしてストーリーを説明してきましたが、実はこのBDには台詞はありません。だから絵柄をみて想像するだけなのです。
ストーリー解釈も、人によってはもっと違った解釈になるでしょう。こういう軽いエピソードは、洒落た台詞で決めるというのもいいでしょうが、絵柄が優れていれば、そして元となる脚本が優れていれば、台詞がなくても成立するという事ですね。

アヴリルのようなタイプのイラストの事もタンタン同様にというBDのスタイルで呼ぶようで、現在のアヴリルのイラストはさらに線が洗練され、マティスやモディリアーニのような暖かみのある直線と曲線で風景画なども描いているようです
JUGEMテーマ:Bande Dessinee


2007.06.20 Wednesday ... comments(0) / trackbacks(1)
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